塾講師としての限界と、塾の役目

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今まで色々な生徒をお預かりしてきた。


個別指導塾に勤めていたときは、生徒の学力層がとても広かった。

基本的にみな良い子たち、心優しい子たちであったが、「宿題をやってこない」「授業態度が悪い」といったよくある話で頭を抱えることもあったし、塾の駐輪場で塾生(中学生)がタバコを吸ったことが発覚し、保護者の方にお越しいただいて三者面談で生徒を厳しく叱ったこともあった(←いま振り返ると時代を感じますね)。


集団塾でも色々な生徒をお預かりした。

さすがに上記のような素行に問題のある生徒はいなかったが、代わりに色々な原因により精神面、体調面で苦しんでいる生徒たちをたくさん見てきた。

ひょんなことがきっかけで学校に通うことができなくなった生徒、部活動があまりにも厳しすぎて勉強どころではなくなってしまった生徒、保護者から非常に強い圧力をかけられて劣等感に苦しんでいた生徒、塾では楽しそうに勉強していても自宅では暴れている生徒など、本当に色々な生徒がいた。


はじめはだいたい「なんとなく様子がおかしい」という違和感から始まる。

普段は宿題をきちんとやってくる子が珍しくやってきていない、普段は明るく挨拶をする子なのに元気がない、休み時間に突っ伏して寝ている、授業中に疲れた様子を見せる、塾を休みがちになる。

こういった形であらわれることが多かった。

私たちは心配になって、どこかのタイミングで本人と話す機会を設ける。

すると「実は最近……」という風に話が出てくる。


もちろんその悩みが勉強に関することであれば、私たちが直接何かしらのフォローをすることができる。

しかし上記のような悩みを知ったところで、私たち塾講師ができることはほとんど無いというケースも数多くあった。

日々顔を合わせているとはいえ、所詮その子の一部のみを知っているだけの他人だ。

力になりたい気持ちはあるけれど、何もできない。

そんな無力感に苛まれたことも一度や二度ではない。

そのたびに塾講師としてできることの限界を思い、いったい私たちには何ができるのだろうとよく考えた。


ただ、ありがたいことに「お話ができてスッキリしました。」「娘が塾から元気に帰ってきました。」などと言葉をかけていただくこともあった。

私たちができることに限界はあるかもしれないけれど、誠心誠意、自分たちにできることをやることには一定の意味があるのではないか。


じっくりと話を聴くこと。

楽しく安心して勉強できる場所を提供すること。

いつも笑顔で接すること。


そういうことにも何かしらの意義があって、それによってほんの少しだけ気持ちが明るくなることもあるのではないか。

塾は勉強を教え、生徒の可能性を広げ、希望の進路を目指す手助けをする場所である。

しかしそれだけが塾の役目ではない。

ちょっとした悩みを話せる人の存在が身近にあることは、意外と大事なことなのではないか。

勉強以外のことも話せるかるからこそ、勉強に専念しやすい環境もつくれるのではないか。

そう思うようになった。


とても運が良いことに、私のまわりにはそういった思いに共感し、一緒に悩んでくれて、私たちができることを一緒に考えてくれるスタッフたちがいる。

そのチームワークをもって解決できることも増えてきた。

よく「塾の先生に勉強以外のことを相談しちゃってすみません。」と仰る保護者の方がいらっしゃるが、私たちにとってはじゅうぶん守備範囲のお話なのである。

もしなにか力になれることがあれば、遠慮なく声をかけていただきたい。

塾生諸君もなにか悩んでいることがあればいつでも相談してほしい。

たいしたことはできないかもしれないが、じっくりとお話を聴き、一緒に悩み、一緒に考えたい。


この記事を書いた人

塾長
ふくなが

進学塾unitの塾長。数学・英語・理科担当。生徒と保護者、スタッフの笑顔を見るために日々邁進中。基本的にいつも機嫌が良く、無駄に元気。

趣味:将棋(将棋ウォーズ1級)、コーヒーを飲みながらカフェで数学、ダイエット 特技:リバウンド

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