自分がどうするか

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生徒たちと話していると、たまに塾の外の話になることがある。

彼らの中には、日頃の生活で我慢することや、納得のいかない理不尽なこともあるのだろう。

まだ中学生であるから、中には単なる「愚痴」になっている話も出てくる。


話を聴く限り、彼らが言っていることが子ども特有のわがままから来ていることはほぼ無い。

私が聴いていても「あぁ、それは確かに不満のひとつも言いたくなるよね。」という類いの話だ。


少し脱線するが私個人の信条として「愚痴を言うことは(まわりにとっても自分にとっても)良くないこと」という感覚で長いこと生きて来たので、愚痴はかなり少ないほうだと思う。

ただ少しずつたまには愚痴をこぼすことも必要かもしれないと思うようになってきた(ここ十年くらいの話)。


ただし条件がある。

「なるべく客観的・相対的な視点を持って」
「相手を選んで」
「自分が前向きになるために」

という条件だ。


さて話を戻すが、生徒たちがそういう話をするときに、一通り聴いたあとに必ずする話がある。

福永

……それで、きみはどうしたいの?

愚痴を言うのは結構。

でもそのあとに、どう行動を変えるのか。

・相手にはたらきかけて、相手に変わってもらうことで状況の改善を図るのか。
・自分が行動して、状況の改善を図るのか。
・自分の考え方、捉え方を変えて、ストレスを減らすのか。
・そこから(その人から)距離をおくのか。

どれが正解ということは無いが、上記のいずれかをしない限り、ただ愚痴を言うだけになってしまう。

それでは状況も改善しないし、自身の成長も無い。

「きみはどうしたいの?」と聞くとだいたいの生徒はじっと考える。

塾生諸君には、他人に目を向けるだけでなく、自分自身のやり方、在り方に目を向けて行動できる人間になってもらいたいと強く願う。

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