なぜ私が板書を上げるのか。

私はTwitter上で授業の板書をあげています。

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こうすることには、いくつかの理由があります。

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塾の中身をちゃんと見てほしいから

一番大きな理由は保護者の方々や子どもたちに塾の中身をちゃんと見て欲しいと思うからです。

塾は教育機関の一つですから、どうしても閉鎖性や密室性が高くなることを避けられません。

それを良いことに、塾のなかには日常的に生徒に暴言を吐いたり、非人道的な扱いをしたり、、、そういう塾もあるそうです。

これまで、そういう話を何度も聞いてきました。

これ、保護者の方々が教室の後ろで見ていたら同じことが起きるでしょうか?

おそらく無いですよね。

そして残念なことに、そういう現状が保護者の方々にそれほど伝わっていないというのが、長年にわたって塾の現場にいた私の実感です。



子どもの数が減っていき、今度、塾業界もますます苛烈な競争が増えると思います。

そんな中で保護者の方々には、しっかりと中身を見極めて塾選びをしていただきたいと常々思っています。

なぜなら、塾の考え方ややり方と、保護者・生徒が望むことが一致していることが大切だからです。

そして、そういうことがしやすいように塾業界全体で自塾の様子を発信していくことが大切だと考えます。

それぞれの塾が「風通しの良い塾」になっていくことで、保護者の方々にとっても、生徒たちにとっても安心して通える塾が増えると思うのです。

もちろん、板書の写真で伝えられることは、ごくごく一部の情報でしかありません。

だからこそ、これからも

「どんな先生が教えているのか」
「生徒たちがどんな様子なのか」
「どんな雰囲気の塾なのか」

ということを、様々な形で発信していきたいと思います。

自分の授業から「誤魔化し」を無くすため

塾の授業は基本的には無形のサービスです。

無形であるが故に、そのサービスの質は、保護者の方々から見えづらいのが現状です。

とくに保護者の方々が普段の授業をご覧になる機会は少ないと思います。

そして、そこに塾側の「誤魔化し」が入る隙があると思うのです。

もちろん私もまだまだ修行中の身ですから、毎回毎回、100%自分が思うような理想の授業が出来ているとは言えません。

しかし、少なくとも毎回の授業でそれを目指す姿勢だけは忘れてはいけないと思うのです。

それは一生懸命に授業を受けてくれている生徒と預けて下さっている保護者の方々に対して、礼を逸する行為だと思うからです。

板書を上げるということは、自分の授業から「誤魔化し」を減らす、無くすという目的があります。

生徒たちに「厳しさ」を求める前に、まずは自分自身が自らに「厳しさ」を持って日々の授業にあたりたいと思います。

指導法の共有

私のTwitterのフォロワーの方々は、塾や学校の先生方、受験生を持つ保護者の方々、そして塾でアルバイトをされているであろう大学生の方々が多くいらっしゃいます。

若い大学生講師は、やはりエネルギーがあり、熱意や向上心がある方々もたくさんいらっしゃると思います。

そういう方々でも、忙しいなかで授業準備をするということはとても大変だと思います。

また、他の先生の授業を見て学ぶ機会もなかなか取れないのが現状だと推察しています。

だからこそ「この範囲はこういう風に教えれば良いのか」とか「こう表現すると良いんだな」ということを少しでもお伝えできれば嬉しいという気持ちで板書を上げています。

その若い先生たちが学び、学んだことを生徒に教え、私の知らないどこかの塾で「先生!分かりました!」というやりとりが一つでも生まれたら、とても嬉しいですよね。

あくまでも板書は授業における一つの部品に過ぎません。

私自身もどちらかというと板書以外のスキルのほうを磨きたいと思っています。

しかしせっかく板書するのであれば、少しでも生徒が理解しやすい板書、また丁寧に書きたいと思える板書を目指したいと思います。

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黒板

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