教えることの大変さと責任

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以前、塾のお休みの日に妹と甥っ子に会った日のこと。

当時甥っ子は小学1年生。

ちょうどそのときは学校から出された漢字の宿題をやっていた。

小学1年生なので漢字の書き順やバランスなども拙い。

甥っ子が書いた漢字を私の妹が一つずつ教えているのを真横で見ていた。

一画ごとに「とめ」「はね」「はらい」をきっちりと書かせる。

ちゃんと書けていないときは書き直しをさせ、字のバランスが悪いときも、どこに鉛筆を置きどこに向かって鉛筆を動かすのかをいろいろな方法で伝えていた。


私は仕事柄、小学生と言っても高学年の子を見ることがほとんどなので、低学年の子の指導の経験は少ない。

勉強ができる子の土台には、このような地道なやりとりの積み重ねがあるのだということを目の前で見せてもらい、とても勉強になった。


妹はおそらく私よりも色々なことに対してきめ細かいと思う。

だからこそ、漢字一つとっても非常に細かいところまで注意して書かせている。

また、そのような細かいことを小学1年生に教えるということは本当に大変だ。

甥っ子は途中でふざけたりするし、ついさっき言われたことを忘れたりして、同じことの繰り返しもたくさんあった。

それでも途中で「ちゃんとやろう」「集中してやろう」と促したり、「そうそう!今のはめっちゃ上手い!」と褒めたり、「この漢字は○○みたいだね」と笑いを入れたりして甥っ子が飽きないように工夫して指導していた。


妹が甥っ子を教える姿には、お母さんとしての「覚悟」のようなものを感じた。

世のお母さんは、こういうやりとりを日頃からされているのだろうなぁと思い、今現在の勉強を指導させていただいている私は、より一層強い責任を感じるのであった。

妹のほうが教える仕事に向いているんじゃないかな(苦笑)

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