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第11回 ~読解問題の解き直し実施に対する最終回答~

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(unit通信4月号バックナンバー)

4月8日の中3の国語の授業にて、国語の読解問題の解き直しに関する話をした。

よく国語は「答えを覚えてしまっているので、解き直ししても意味がない」といわれることがある(またはそのように考えている生徒が多い)。

結論から言うと、これは全くの間違いである。


たしかに、“答えを完璧に覚えていて、そのただ覚えている答えを解答欄に書き込む”のであれば、そのような解き直しは全く意味をなさないどころか、害悪でしかない。

しかし、それは他の教科でもいえることである。

にもかかわらず、数学や英語では類題や同一問題を解いて、国語ではそれをしない人が非常に多い。

国語講師としては遺憾に堪えない。


以下に、その中3の授業で使用した問題の文章を引用しておく。

人は色々なことを分かろうとする。目の前にモノが置かれた時には「これは何だろう」と知ろうとするし、風邪をひいた時には「なぜ風邪をひいたのだろう」と分かろうとする。そういう時、目の前のモノの色や形や大きさなどを観察して、それと似たようなモノに関する自分の知識と照らし合わせて、目の前のモノについての情報と符合する知識が自分の中に見つかれば「それは○○だ」と分かるし、情報と知識が全く同じでなくてもだいたい同じであれば「それは○○だろう」というメッセージを得ることになる。このような、情報と知識を照らし合わせたり繋ぎ合わせたりして何らかのメッセージを得るプロセスが「思考」である

波頭亮. 2019.『論理的思考のコアスキル』(ちくま新書)




思考とは、何らかの結果が得られるまでのプロセスのことであり、結果が得られることそのものはあくまで副次的なものなのである。

演習に関していえば、正解することより間違っていてもそこに論理が宿っているのであれば、価値があると考える。

逆に、正解していてもなんとなく答えてたまたま正解したのであれば、そのことに価値はない。


ここまで書けば、同じ読解問題を複数回解くことの価値がおのずと見えてくるはずだ。


授業では解法として正解に至るまでのプロセスを見せる。

そしてそのプロセスは再現性のあるものである。

再現性のないプロセスなど解法とは言えない。


よく授業内で「思考のプロセスこそが“論理”であり、それは数学でいう途中式のようなものである」と伝えている。

正しい答えは正しい途中式からしか導き出せない。


読解問題の解き直しを行う場合に重要なことは、「正しい答えを出せる」ことではなく、「正しいプロセス、正しい論理を辿ったうえで、正しい答えを出せる」ことである。


仮に答えを知っていても、その途中式が再現できないのであれば、質問に来てもらいたい。

自力で解いた時に教わった解法を再現するのは案外難しいものである。

ただ解き直し、丸付けをして正答を確認するだけでは、論理的に思考する力は身につかない。

仮に記述問題が“正しく”丸付けできるのであれば、その生徒はすでに非常に高度な論理的思考力を備えているといえよう。


というわけで、国語(読解)の勉強の仕方がわからないと相談を受けることは非常に多いが、そんな塾生諸君にはまず、授業で扱った読解問題の解き直しを実施されたい。

この記事を書いた人

生田目
なまため
(イラストは塾生作)

進学塾unitの副塾長。国語・英語・社会担当。2019年には開倫塾主催の全国模擬授業大会の国語部門で優勝。塾において軽視されがちな国語教育の必要性を少しでも感じてもらえるよう、色々書いております。

趣味:ダーツ(カウントアップ860)、釣り(海・川)、野球(西武ライオンズ)

進学塾unitの副塾長。国語・英語・社会担当。2019年には開倫塾主催の全国模擬授業大会の国語部門で優勝。塾において軽視されがちな国語教育の必要性を少しでも感じてもらえるよう、色々書いております。

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Twitterはこちら @unit_nama

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