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第20回 ~勉強ができる子ほど、わからないことが多い~【人の賢さは何で決まる?】

勉強する子供のアイキャッチ

(unit通信 2023年1月号バックナンバー)

昨年末に行われた2学期期末テスト。

塾長のブログにもあった通り過去最高記録を塗り替えた生徒も多く、また中間テスト時の課題を修正して好成績を収めた者も多くいた。

目次

疑問収集シートの導入

今回私は定期テスト勉強会のときに「疑問収集シート」なるものを作成し配布した。

疑問収集シート

中央大学の教授の福田純也先生は、学生の頃に教授から「用例を500個収集するまで単位をやらない」という課題を出されて必死に取り組んだ結果、今でも何かあるとすぐにメモを取る癖がついたそうだ。

そこから着想を得たのが疑問収集シート。

勉強中に疑問に思ったことや分からなかったことをすぐにそのプリントにメモをする。

その後自分で調べたり、解説を見たりするなどして解決する。

もし解決ができなかった場合は質問をする。




塾生たちは我々から常日頃言われているだろうが、質問がないというのは文字通り完璧な状態である(勉強に完璧な状態などあるのかどうかという話は別として)。

大半の生徒は、終わらせるということを優先するためわかっていないのに見て見ぬふりをしたり、自問自答の習慣がないためにわかったふりをしたりしているだけだ。

そういった状態から脱却するために疑問を持つということを仕組み化した次第である。

勉強ができる子はわからないことが多い

さて、この仕組みを試験的に導入してみてわかったこと(半ば想定通りではあったが)がある。

それは普段から頭を使って勉強できていると傍から見て感じる子ほど、収集する疑問の数が多いということだ。

一方で、ただなんとなく勉強していると思われる子ほど疑問収集が一向に進まない。

勉強を苦手としている子=わからないことが多い、という図式のほうが直感的には正しそうだし、シートもみっちり埋め尽くされそうなものだ。

しかし、結果は真逆である。


この現象は大人に当てはめるとすんなり受け入れられるだろう。

何らかの講義や説明を受けたとする。

一通りの説明が終わったあとに質疑を求める。

そこで質問が一切出てこないと「本当にちゃんとわかったのだろうか?」「しっかりと話を聞いていただろうか」という疑念が首をもたげるはずである。

良い質疑というのは得てして頭を使って話を聞いていた人からよく出るものなのだ。

「その切り口があったか」と新たに気づかされるような鋭い質問が出るのも、聞き手としての正しい態度を身につけている者からだ。


話を聞いておらず、理解も怪しい人間からは質疑は出てこない。

感想を求めても「大変勉強になりました」というような世辞にもならぬ解像度の低い言葉が出てくるだけであろう。

「人間の賢さはわからないことの量で決まる」

少し話は逸れたが、勉強とは既知を積み上げていった結果、さらなる高みに重畳する未知に気づかされるという営みの過程なのだ。

これはゲームでいうスキルツリーによく似ている。

習得済みスキルが増えるほど枝分かれが増えて新たに習得できるスキルが増える。

勉強もすればするほど新しい世界が広がり、未知との接触面が増える。

それも指数関数的に。


言語学者の窪薗晴夫は次のように指摘している。

高校生や大学生の中には、知識が増えれば増えるほど疑問は減るものと考えている人が多いと思います。私も、知の世界は有限で征服できるものと思っていましたが、30歳を過ぎた頃に、知識が増えるにつれて疑問も倍増することに気がつきました。 (中略)ノーベル賞をとるような賢人たちは私たちの何倍も知識が多いだけでなく、私たちの何十倍もわからないことを知っているのだろうと思います。少し逆説的な言い方かもしれませんが、人間の賢さはわからないことの量で決まるのではないでしょうか。

窪薗 晴夫. 数字とことばの不思議な話 (岩波ジュニア新書) (p.194). 株式会社 岩波書店. Kindle 版.

疑問収集シートがなかなか埋まらないのはわからないことに気づけていない、つまり無知に対して無知なのであり、そういった意味でまだまだ勉強不足であると言える。


11/11(金)の中3の授業。

世間では「ポッキー&プリッツの日」を想起するのが多数派であろうが、1が並んでいる日ということもあり「自身が他人に一番自慢できること」を、出欠確認の際に聞いてみた。

するとある子が「人よりもわからないことが多いのが自慢です」と答えた。

彼は非常に聡明な子だ。

そんな彼が「人よりも物を知らない」と公言するのだから頼もしく感じたのを覚えている。

最後に

教科書で学ぶということはオーソドックスな学習であるが、それをもってして世界を知ったような気になることには大いなる弊害がある。

“教科書を知っている者”というのはその時点でまだ、単に生きた教科書でしかない。

教科書は旅行ガイドブックのようなもので、記された先にこそ空々漠々と未知の世界が広がる。

それを読むという行為は、幾ばくか未知の境界線が先にある先駆者の土産話を聞いているに過ぎない。

私にできることは、使用する語彙にしても取り上げるトピックにしても、既知の世界を広げ未知への感受性が磨かれるような、いわば“無知無知”を減らせるような授業を行うことだと思っている。


生田目

今年の私の抱負は“ムチムチ”のわがままボディーを少しでもスリムにするため、10キロ減量することです。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

この記事を書いた人

生田目
なまため
(イラストは塾生作)

進学塾unitの副塾長。国語・英語・社会担当。2019年には開倫塾主催の全国模擬授業大会の国語部門で優勝。塾において軽視されがちな国語教育の必要性を少しでも感じてもらえるよう、色々書いております。

趣味:ダーツ(カウントアップ860)、釣り(海・川)、野球(西武ライオンズ)

進学塾unitの副塾長。国語・英語・社会担当。2019年には開倫塾主催の全国模擬授業大会の国語部門で優勝。塾において軽視されがちな国語教育の必要性を少しでも感じてもらえるよう、色々書いております。

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Twitterはこちら @unit_nama

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